今までのブログを読んでみると、意外なことに気づく。
製作状況の報告は意外に多い。むしろそればかりである。だが、メンバーの音楽に対する見方やら趣向やら、そういったものは非常に少ない。
そこで、とってつけたような発想で申し訳ないが、Sebastianの音楽ライフについて少々書いてみたいと思う。
とりあえず音楽に関わってきた年数という意味では、人生の大半が音楽とともにあった、といっても過言ではない。そのすべてが何らかの楽器に触れていたし、今考えれば、かなり本格的に学んでいる(現在進行形で)。
初めて曲を作ったのは5歳のときである。今手元にはないが、おそらくどこかに自筆譜が残っているはずである。覚えている限り、そこから断続的に3〜4曲書いているはずである。どの曲も恥ずかしくてタイトルさえ言えないが、幼いながらにきちんと音楽として成り立っているものを作っていた(はずである)。
最初学んでいた楽器の影響もあり、関わったジャンルは多岐にわたっているが、小学校卒業までは主にクラシックを学んでいた。とはいえ、趣味の延長であり、専門的知識は何一つ身につかなかった。
小学校中学年くらいまでは音楽は自分で演奏するものであり、音楽を「聴く」ということにほとんど頓着していなかった。流行の歌などほとんど知らなかったし、親がCDを借りに行ったついでに当時見ていたアニメの主題歌をいくつか借りてもらう程度であった。
小学校高学年になってぼちぼち流行の歌を聴くようになるが、特定のジャンルを好むということがほとんどなかった気もする。あえて言えば某女性歌手の歌はかなり好きだった気がするが、シングルは聴くがアルバムは聴かないという、実に小学生らしい聴き方であった。
ここまで書いて忘れていたが、小学校時代、「ファイナルファンタジー」というシリーズのゲームにとりあえず入れ込んでいた。ただし、飽きっぽい性格が災いしてか、最後まで行ったのはごく少数である。だが、当時「1日1時間!」と親にうるさく言われながらやったゲームの数は意外にもかなりの数に達しており、その中でもFFのサウンドの突出ぶりは幼いながらに意識していたようである。いつ買ったかもわからないFF6の全曲ピアノアレンジの楽譜は、今でも聖典のひとつである。
また、小学校低学年のときに出会った「アクトレイザー」というゲームの音楽は、このゲームから離れてしばらく経っても忘れることができなかった。後に知ったことなのだが、このゲームのBGMを担当したのは、80〜90年代のゲーマーなら知らない人はいない古代祐三氏によるものだった。
中学校に入ると、FFに対する傾倒はさらに強まる。サントラが出るたびに購入していたし、ピアノアレンジの楽譜に関しても同様であった。同時にピアノという楽器に惚れ込んでしまい、クラシックへの憧れやら、そういった感情がさらに強くなり、結果として流行の歌へのこだわりは年々弱まることとなった。
そして、事件が起こった。
中学3年生のときにやったとあるゲームを皮切りに、あっという間にアニメ・漫画の世界にどっぷりとはまり込んでしまったのである。アニメソングというものは不思議な魅力にあふれていて、端的に言ってしまえば、技術的なもの以外に大きく惹かれてしまう要素があるのである。声優ソングを聴くことで、如何に歌い手の声質というものが重要になってくるかということを知ってしまったことが後にも影響しているようである。
だが、ここでも大きな出会いを果たす。それが尊敬してやまないI've soundだったり、同人音楽だったりするのである。
それからさらに何年も経った今の自分が、その結果である、といって間違いないだろう。今では「いいものだったら何でも聴く」という節操ないスタンスを取っており、今まで聞かなかったジャンルを学んで自らの曲に生かすということもやっている。
作曲方面に関しては、ここ数年になるまで、ずっと離れていたが、「Stream」に収録されている「Concerto」という曲のルーツが、本格的に作曲を始める1年前に作ろうとして挫折した曲であるということからも、曲を作ろうという意思だけは持ち続けていた模様である。
なお、最近よく聴く音楽はI've系やら同人出身のSound Horizonやら、そういったものが多いが、特定のジャンルに対するこだわりがほとんどないのは、自分としてはよかったのかなぁ、と思えるのである。とある友人の影響もあって北欧系のメタルなども少し聴くのだが、これからも、いいと思ったものは吸収していくのだろう。
そして、これは最近の悩みなのだが、音楽は自分の手で「作る」ものであるという今の状態が、聴くということに一種の苦痛をもたらしているらしい。聴くたびにその音楽の特徴やら技法やらを無意識に考えてしまい、「音楽鑑賞」を純粋に楽しむことができないのである。
長々と書いてきたが、結局音楽は自分にとって腐れ縁の友人みたいなものらしい。おそらく、これからも離れることはないだろう。